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東京地方裁判所 昭和44年(レ)292号 判決

控訴人 石川教子

被控訴人 野々貞市

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者の主張

(被控訴人の請求原因)

一、被控訴人は、昭和三八年一二月二七日訴外松井修に対し金一八〇万円を弁済期昭和三九年二月二六日、利息年一割五分、期限後の損害金日歩八銭二厘の約定で貸し付け、その際松井は右貸金債務を担保するため被控訴人に対し、右債務を期限に弁済しないときは、その債務の支払いに代えて松井所有の別紙物件目録〈省略〉記載の土地(以下本件土地という。)の所有権を被控訴人に移転すべき旨の代物弁済の予約をし、これに基づき右土地につき東京法務局八王子支局昭和三九年一月六日受付第八四号をもつて、昭和三八年一二月二七日停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転の仮登記(以下本件仮登記という。)を経由した。

二、松井は弁済期を経過するも右債務の履行をしないので、被控訴人は昭和四二年六月二〇日口頭で松井に対し、右債務の履行に代えて本件土地の所有権を取得する旨の代物弁済の予約完結の意思表示をした。

三、控訴人は、本件土地につき、本件仮登記より後順位である東京法務局八王子支局昭和三九年九月一二日受付第二〇、五三八号をもつて所有権移転請求権保全の仮登記を受けている。

四、よつて、被控訴人は控訴人に対し本件仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をなすことについて承諾を求める。

(請求原因に対する控訴人の認否)

請求原因事実中、第二、第三項の事実は認めるが、その余の事実は不知。

(控訴人の仮定抗弁)

一、仮に被控訴人主張の事実がすべて認められるとしても、被控訴人は、昭和四二年六月二〇日松井に対する被控訴人主張の貸金債権の代物弁済として、松井から本件土地の所有権を取得し、右土地につき東京法務局八王子支局同年九月七日受付第二九、〇〇〇号をもつてその旨の所有権移転登記を経由したものであるから、右登記手続の完了と同時に被控訴人の松井に対する右貸金債権は消滅し、本件仮登記はその被担保債権の消滅により効力を失つたものであり、被控訴人は右仮登記に基づく本登記を請求することはできないものである。

二、被控訴人は、前項の如く、本件仮登記の本登記手続によらず、あえて通常の所有権移転登記手続の方法を選択し、その登記を経由したものであるから、本件仮登記に基づく本登記請求権を放棄したものというべきである。

(仮定抗弁に対する被控訴人の認否)

控訴人主張の抗弁事実のうち、被控訴人が本件土地につき控訴人主張の所有権移転登記を一旦経由したことは認めるが、その余の事実は否認する。右登記は錯誤によりなされたものであり、被控訴人は、すでに東京法務局八王子支局昭和四五年一〇月一六日受付第四二、七四二号をもつて右登記を錯誤を原因として抹消した。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原審における被控訴人本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したと認められる甲第一、第二号証、成立に争いのない甲第四号証、乙第一号証ならびに弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は昭和三八年一二月二七日松井修に対し金一八〇万円を弁済期昭和三九年二月二六日、利息年一割五分、期限後の損害金日歩八銭二厘の約定で貸し付け、その際松井は右貸金債務を担保するため被控訴人に対し本件土地につき抵当権を設定するとともに、右債務を期限に弁済しないときは、その債務の支払いに代えて松井所有の本件土地の所有権を被控訴人に移転すべき旨の代物弁済の予約をし、これに基づき、被控訴人の松井に対する右土地所有権移転請求権を保全するために、本件土地につき東京法務局八王子支局昭和三九年一月六日受付第八四号をもつて、昭和三八年一二月二七日停止条件付代物弁済契約を原因とする本件所有権移転の仮登記を経由したこと、しかしこの場合被控訴人の松井に対する右土地所有権移転請求権保全の仮登記は本来右代物弁済の予約を原因としてなさるべきであるのに、右の如く停止条件付代物弁済契約を原因としてなされたのは、被控訴人も松井もともに法律的知識に乏しく、代物弁済の予約と停止条件付代物弁済契約との区別、相違を知らなかつたので、本件仮登記の登記原因証書である契約書(甲第一号証)に代物弁済の予約をした旨の記載をしたつもりで、誤つて停止条件付代物弁済契約を締結したかのような記載をしたことによるものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、被控訴人が松井に対し、右債務の弁済期の経過後である昭和四二年六月二〇日口頭で、右代物弁済予約完結の意思表示をしたことおよび控訴人が本件土地につき本件仮登記より後順位である東京法務局八王子支局昭和三九年九月一二日受付第二〇、五三八号をもつて所有権移転請求権保全の仮登記を受けていることはいずれも当事者間に争いがない。

ところで、本件仮登記の原因たる権利関係は代物弁済の予約であるのに、登記簿上は停止条件付代物弁済契約と表示されているが所有権移転請求権保全の仮登記は、所有権を取得した場合になさるべき本登記の順位を保全することを目的としてなされるものであつて、仮登記の原因たる権利関係自体の公示にその目的があるのではないから、仮登記された権利関係と実質上の権利関係との間に若干の喰い違いがあつても当該仮登記が特定の不動産の所有権移転請求権を保全するための仮登記として同一性を害するものと認められない限り直ちにこれを無効と解すべきではなく、本件仮登記の実質上の原因たる権利関係と仮登記された権利関係との右喰い違いは前記認定の事情により生じたものであつて、仮登記権利者たる被控訴人は仮登記原因について更正登記を求めることができ、右喰い違いがあつても、右両者の権利関係の間の同一性を害するものとはいいがたく、本件仮登記の効力は害されるものではなく、前記のとおり後日被控訴人が右代物弁済の予約完結により本件土地の所有権を取得した以上、被控訴人は仮登記義務者たる松井に対し本件仮登記の原因について更正登記を求めるとともに、あるいは、更正登記を求める請求を併合しないで、本件仮登記に基づく本登記手続を求めうるものというべきである。

二  そこで控訴人の仮定抗弁について判断する。

被控訴人が本件土地につき東京法務局八王子支局昭和四二年九月七日受付第二九、〇〇〇号をもつて、同年六月二〇日代物弁済による所有権移転登記を受けたことは当事者間に争いがない。

しかしながら、成立に争いのない甲第三号証および前示甲第四号証、乙第一号証、原審における被控訴人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、前記代物弁済の予約完結により本件土地所有権を取得したので、本件仮登記に基づく所有権移転の本登記をすべく、その申請手続を司法書士森田京治に依頼し、森田において昭和四二年九月七日右依頼の趣旨に応じた登記申請手続に及んだところ、本件土地には本件仮登記後に控訴人の前記仮登記がなされていることが始めて判明し、右申請手続に必要な不動産登記法第一〇五条第一項、第一四六条第一項所定の控訴人の承諾書またはこれに対抗することができる裁判の謄本の添付がないため右手続によることができないこととなり、止むなく、その申請を通常の所有権移転登記申請に訂正し、前記代物弁済による所有権移転登記を経由したが、被控訴人は後日右事実に気付いたが、法律的知識に乏しいため、仮登記の効力を知らなかつたので、右通常の所有権移転登記を受けても、本件仮登記に基づく本登記を受けるのとその法律的効果において差異はないものと考え、そのまま放置していたが、その後右法律的効果に差異があることを知り、本件仮登記に基づく本登記を受けるべく本訴を提起したこと、その後前記代物弁済による通常の所有権移転登記は東京法務局八王子支局昭和四五年一〇月一六日受付第四二、七四二号をもつて錯誤を原因として抹消されていることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみれば、右認定のような事情の下においてなされた右代物弁済による所有物移転登記はもともと錯誤によるものとして抹消さるべきものであつたのであり、すでに右登記は錯誤を原因として抹消されている(右抹消につき控訴人は登記上利害関係を有する第三者にはあたらないから、その承諾を要しないこと勿論である。)のであるから、本件土地につき右代物弁済による所有権移転登記が一旦なされたとの事実があるからといつて、被控訴人の松井に対する前記貸金債権が、代物弁済により消滅したものとはいえないし、また、被控訴人が本件仮登記に基づく本登記請求権を放棄したものとはいえない。そうすると本件仮登記は、依然として効力を有し、被控訴人は松井に対し本件仮登記に基づく本登記請求権を行使しうるものといわなければならない。

よつて控訴人主張の抗弁はいずれも採用しがたい。

三  以上の次第で、被控訴人が本件仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をなすことについて、登記上利害関係を有する第三者である控訴人に対し、その承諾を求める被控訴人の本訴請求は正当であつて、これを認容した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 輪湖公寛 白石嘉孝 玉田勝也)

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